オカマと自分の事を呼ぶオカマ

物事を伝えるのに分かりやすく、そして簡単に伝えれることがある。

 

性同一性障害です、MtFです、LGBTです。

 

普通に生きている人は私みたいに私たちのことを知らないし、視覚や聴覚で得られる情報で私自身のことを見ている。

 

2年間かけてやっと自分の事をカミングアウトできた話。

 

私はどちらかというと消極的でカミングアウトすることはない。

だから定職についたこともないし、友人もほとんどいない。

 

25年間そうやって生きてきた。

それが、正しくて迷惑をかけないと思って生きてきた。

カミングアウトすることで他人に理解してもらいたい訳じゃない、共感してもらいたい訳じゃない。

だって、私にしかわからないから。

 

それが愚かな事だって今になって気づいた。

沢山のチャンスや出会いを全て自分でパーにしていた。

私が私であるという自信をもっていなくて、自分の事を認める事が出来なかった。

 

「あー、駄目だ。本当にこのままだと私という存在が消えて両親が死んだら私は死ぬしかないんだろうな」

 

本気でそう思ってた。

自立なんて出来ない、焦りと不安と葛藤と喪失で胸がいっぱい。

抱えきれない物は液体となって目から溢れていた。

 

性転換手術して幸せそうになった人が必ず言うことは

「身体が変わっても貴方が変わらなければ何も意味がない」

口を揃えて言う。

身体が変わったのに、そのまま死んでいく人もいる。

 

25歳という区切りで私は自分自身を変えなきゃいけないと思った。

 

はじめに就職活動で、カミングアウトすることにした。

ちゃんと見てくれる人がいた。

困難な道を行って努力をして、忍耐力もあるように見えると評価された。

 

好きな人にカミングアウトした。

初めてだけど、それでもいいって言ってくれた。

 

友人にもカミングアウトした。

辛かったね、と涙を流してくれた。

 

知らないうちに抱えきれない液体は無くなっていってた。

自分の中で消化しきれない物を誰かに与えたんじゃない。

どこかに捨ててきた訳でもない。

 

どこかふわふわして落ち着かないけど不安ではない。

例えその人たちがどこで何を言おうと、私は私だと胸を張れる。

そして、その人たちを信用している。

 

多くなくていい。

だけど、25歳にして初めて心から話せる友人をもった。

 

やっと、私の青春が来る気配がする。