傲慢な大人と頑固なアダルトチルドレン

また、無職になりました。

社会に適応できない人間。

 

昨日、「スティーブ・ジョブズ」の映画を見ました。

特にapple好きではないですが、スティーブ・ジョブズの影響力はとても好きです。

その中の言葉で自由に生きたい、縛られていたくはないというようなニュアンスの言葉がありました。

その言葉が妙に心に残りました。

 

私は24歳になるまで、社会は生きていく為に馴染んで我慢しなければならない、それが嫌なら自分がしたいように仕事を作らなければならないと思っていました。

組織に属して上に立つ者が100パーセントだということです。

もし、それが納得いかないなら去るべきだと、そして私たちのほとんどは変わりがいるということです。

重要な役割をもつ人間はほんの一部だと。

 

ある外資系企業で働いていたとき、衝撃を受けました。

私は勿論そこでも自分がLGBTであることを隠していました。

それが後にとても恥ずかしいことだと思いました。

 

外資系だからか、とても人間を尊重してくれました。

 

きっと私の見えてないところでは日本社会があったかもしれない、だけどそれ以上に私自身を認めてくれる機会がありました。

 

私が今までに自分の存在を他者に認めて貰えてないと感じるのであれば、それはもしかしたら他者ではなく自己に原因があるのかもしれません。

 

LGBTであることを公にして良い事等、今迄一度もなかったからです。

なので隠して生きていました。

他者と繋がる表面に、一枚の薄い膜が既に私にはあるのです。

とても頑丈ですからなかなか破れません。

そうやって生きていたらいつのまにか膜から硬い殻にかわっていくのです。

気づいたら一種の精神病のように他者と接している自分が本物なのかすら分からなくなるのです。

 

その殻を通じて知り合う他者との間にも薄っぺらい友情や愛情があります。

だけど中にあるふつふつと煮えた液体を他者に分け与える術を私は知らないのです。

 

「普通に生きたい」というのが私の長年の夢です。

 

普通に生きてるような人でさえ、抱えきれない悩みがあちこちに転がっているのも承知の上です。

だけど私も普通に生きたい。

 

LGBTであっても、社会に溶け込みたい。

働きたいと思う、社会の保障を受けたいと思う。

 

私がその殻を自ら破らなければ現状はなにも変わらないことを私は知ってる。

 

私はたまたま傲慢な大人に囲まれた四角い天井の下で、頑なに自己防衛するアダルトチルドレンなのかもしれない。